バリュープロポジション(value proposition)は売り物の価値を提案すること

マーケティング

商品の価値を提案するバリュープロポジション

バリュープロポジション/value proposition

バリュープロポジション/value propositionとは商品の価値を提案

することです。価値(無形)ありきの商品(有形)だからです。

価値提案(バリュープロポジション)というと、

  • 「この商品の素晴らしいところは云々かんぬん」と、売る側から見た価値を提案したり、
  • 一行の短文で済ませがち

ですが、買う側(お客さま)にとっては、

買う側にとっての価値が先

であり、お金を払うのはお客さまですので、お客さまにとっての価値が最優先です。

その、価値の解釈には、

精神的と経済学的の二つ

があります。

精神的価値(命、愛、善、信、美)は、お金で買えないため、通常、商品になりません。「お金で買える愛ある」というツッコミは(笑)ご無用に願います。

もう一方の経済学的価値には、客観的価値と主観的価値の二つがあります。

  • 主観的価値とは、どんな便益(ベネフィット)を得られるか?が価値
  • 客観的価値とは、どれだけの労働力がかかっているか?が価値

です。また、主観的と客観的を、マーケティング的に解釈すると、

  • 原価志向のプライシング(価格戦略)と、
  • 需要志向のプライシング(価格戦略)

のこと。ちなみに、三つ目の価格戦略は、競合志向です。

その、価値の尺度(価値観)には、個人差があります。

価値を認めて、対価を払える「人」のために、価値を開発するのが価値開発で、価値を提案するのが価値提案です。

つまり、価値は「価格との比較」で決まるということです。

価値を決めるのは顧客

価値を認める人がいれば、路傍の石さえ、値千金の値がつきます。

骨董品が、いい例ですね。がらくたと紙一重の品々が多い。

民家の片隅に転がっていた茶碗に、一国一城の価値が付いているのも有名な話です(国宝級となると、20億円との推定も)

道端で石ころを拾って、「千円で売る」といえば、石ころに千円の価値が付きます。

価値は「価格との比較」で決まるということです。

問題は、石ころに千円の価値を認める人がいるかどうか?

いれば、売れますから、さっきまで路傍に転がっていた石には、千円の価格と価値が付加されます。

このように、価値は、対価を払う、あるいは、対価を払える人のためにあるといっていいでしょう。

フェラーリやロールスロイス等の高級車が典型的ですね。

バリュープロポジション/value proposition

フェラーリという、公道を走ることが認められたレーシングカーに、1,000万円の価値があるかどうか?

これが、80万円だとしたら、軽自動車のような大量生産と、薄利多売が成り立つかどうか?

もしも、フェラーリが220万円で、みんなが乗っているとしても、高嶺の花でいられるかどうか?

どう思います?

価値は価格との比較ですから、希少性の高いフェラーリは、高額であって然るべきですし、

その対価を払える人のために、公道を走ることが認められたレーシングカーという価値が、フェラーリには、あります。

創業者のエンツォ・フェラーリは、フェラーリのオーナーを「成金趣味め!」と蔑んでいたようですが(笑)

価値はお客様のためにある

ここまで、価値を紐解くキーワードとして「人」が導き出されました。価値は人のためにあるということです。

価値は、人のためにある。では、誰のために?

「お客さまのために」

って、当たり前すぎますが、意外と、当たり前じゃなかったりします。

なぜなら、お客様は神様だと思っている人が、少なからずいるからです。

本当に、いるんですよ。にわかには信じられませんが、

「顧客とは、何ですか?」

と、定義を問うと、ずばり「神様です」と答える人もいれば、

「お金を払ってくれる、ありがた~い存在です」

とか、

「ウチの商品を買ってくれます。お客様からのクレームは宝です」

等々、暗に明に「お客様は神様である」という定義が返って来ます。

が!本当に「お客様は神様」でしょうか?

神社へ詣でたら、神様へ、お賽銭を払いますね?

つまり、神様は、お金をくれるのではなく、お金を奪う存在です。

お金を奪うのですから、お客様が神様だとしたら、そりゃ貧乏神でしょう(笑)

それに、商品を媒介して価値を売買するのですから、商品を買う人が顧客とは限りません、価値を買う人がお客さまです。

ビールを買って飲む人 vs 自分ではビールを飲まないけれども、ビールを買って中元歳暮に贈る人は、どうでしょう?ちょっと考えてみて下さい。

価値の売買=商取引という構図になると、その価値を認めあう同士が利益を対等に享受する互恵関係になります。

しかし、商品の売買=商取引という構図になると、他にも売っているところ(ライバル)がありますから、「おたくから買ってやった」という従属関係が生じがち。

極めつけは、クレームは宝だなんで、とーんでもありません。クレームは無いほうがいいに決まってます。

何らかの瑕疵(落ち度)があってクレームになるのですから、プロとして、落ち度は無いに越したことはありません。

もしも、お客様が神様だとしたら、クレーマーは、疫病神ですよね(笑)

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